今日の文化主義的アプローチは、エドワード・サイードの強い影響下にある。『オリエンタリズム』(1978年)や『文化と帝国主義』(1993年)のなかで、サイードは、ヨーロッパの優位性のもとで西洋が作り上げた東洋に関する神話について論じている。それらの神話は、東洋的なもののイメージを固定化するとともに、アジアという統一性を作り上げ、植民地主義が文明化の使命を担っているという考えを広めたのである。サイードの系譜のなかでフローベールの東洋観を考えると、『東方旅行』における描写や考察が目につくが、それらは東洋的な紋切り型に属するものである。しかし、これらのヨーロッパ中心主義的な紋切り型は、フローベールの文学的、美学的、倫理的な企てよりもそれほど重要ではないのかもしれない。『東方旅行』を成功させたのは、彼の傑作に見られるような特有の文体、つまり優れた描写力だけではない。この作品のなかで繰り返し見られる「グロテスク」は、フローベールが、場所や時代を問わず人間のなかに常に見出してきた「グロテスク」と、切り離せないだろう。とりわけ『東方旅行』の描写と「グロテスク」は、フローベールによる、共感を表現する特異な文体の試みであり、それは『サランボー』で極みに達する。『サランボー』は、遠い昔の異国的な文化のなかで展開し、そこには差異に対するいかなる嫌悪も、同一化への感傷主義も認められないのである。
プロフィール
パトリツィア・ロンバルドは、ジュネーブ大学教授である。フランス文学、比較文学、映画の教鞭を執る。スイス国立情意科学研究拠点では、情意美学の研究プログラムを指導している。2005年にDictionnaire des Passions Littéraires(Belin)を共同出版し、2014年にはMemory
and Imagination in Film(Palgrave Macmillan)を出版している。
【ディスカッサント】菅谷憲興(立教大学) 【司会】 ニコラ・モラール(日仏会館・日本研究センター) 【主催】 東京大学、日仏会館フランス事務所
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