【趣旨】 私は大学の教養課程で第2外国語としてフランス語を選んだ。はじめ法学部に進むコースに入ったが、社会科学よりも文学のほうが人間の「実存」の問題を考えるうえで有効だと思い、フランス文学に鞍替えした。駒場で『ランボオからサルトルまで:フランス象徴主義の問題』の著者平井啓之の薫陶を受け、卒論と修論で地中海詩人ポール・ヴァレリーにおける存在と言語の関係を論じた。しかし「68年世代」の私にとって、文学は政治からの逃避であり、サルトルのアンガージュマン文学には背を向けた。1978年にフランス留学から帰ってからの10年は、ヴァレリー研究を看板にはしていたが、ルーチンワークとしてフランス語を教えていた。 転機はフランス革命200周年の1989年に訪れた。1年間パリで過ごした後、慶応大学の藤沢新キャンパスに勤め、フランス語教育の改革にのめり込んだ。しかし冷戦後世界のめまぐるしい動きは歴史と政治に無関心ではいることを許さず、慶応のゼミでは欧州統合論や現代フランス論をとりあげ、イスラム・スカーフ事件で焦点化された「ライシテ」と移民統合、共和主義と多文化主義、フランコフォニーと多言語主義、さらには奴隷制や植民地主義の記憶の問題を研究しはじめた。2001年に出したエッセー集『現代フランスを読む』の副題「共和国・多文化主義・クレオール」は私の関心のありようを示している。その後2005年のトクヴィル生誕200年シンポから2012年のルソー生誕300年シンポまで、私の関心は狭義の文学から政治哲学に移っていった。 本講演は私が5月から日仏会館の601会議室で組織する「自主ゼミ」のキックオフレクチャーであり、自主ゼミでは「知識人の歴史」のミシェル・ヴィノックやVocabulaire européen des philosophiesの編者バルバラ・カッサンら今秋来日するフランス人学者の著作をとりあげる。
【プロフィール】 1945年盛岡市生まれ、東京大学教養学科フランス科卒、フランス文学・思想。2015年3月で中央大学を定年退職し名誉教授に。2002年以来日仏会館常務理事として多くのシンポジウムや討論会を組織、昨秋フランス芸術文化勲章オフィシエを受勲。
【主催】 現代フランス研究会、日仏会館フランス事務所
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