【要旨】 オスカー・ワイルドとは異なりマルセル・プルーストは同時代の装飾芸術にさほど関心を示さなかったが、それでも水槽の頻出するその作品にはアール・ヌーヴォーの特徴たる「水中スタイル」が目立つ。バルベックの部屋の「ガラス戸つきの書棚」は明らかに「モダン・スタイル」の正真正銘の実例である。だが「モダン・スタイル」とはなにか? この表現は『失われた時を求めて』に五度にわたり出てくるが、その意味がきちんと解明されたことはなかった。これは信じられているような、アール・ヌーヴォーの英語名ではない。このフランス語独自の英語風表現は、装飾芸術の国際的な刷新を指し示すもので、美的感覚と社会思想をないまぜにしたこの刷新は、人を魅惑するとともに不安にする…… プルーストは、この芸術潮流の国際色ゆたかな「成金趣味の」息吹を完全に感じとって、それをさりげなく際立たせたが、その短期間の開花はドレフュス事件の歳月と重なる。メープルの家具、リバティーやウィリアム・モリスの布地、ジャポニスムなども、このコスモポリタニズムと共通の性格をもつ。つねに断片的に論じられてきた『失われた時を求めて』における装飾芸術の問題は、全体として考察すべきであり、そうしてはじめてプルーストが好んださまざまな照応関係を把握することができる。
【プロフィール】 ソフィー・バッシュは、パリ=ソルボンヌ大学フランス文学教授。『成金趣味貯蔵庫、マルセル・プルーストと「モダン・スタイル」── 「失われた時を求めて」における装飾芸術と政治』(ブレポルス、2014)を刊行。主な著作に『パリ・ヴェネツィア1887-1932──ポール・ブールジェからモーリス・デコブラに至るフランス小説における「ヴェネツィア・ブーム」』(シャンピヨン)、『バカ騒ぎ小説』(ロベール・ラフォン、ブーカン版)、主な編著に『ギュスターヴ・カーン作品集』(クラシック・ガルニエ)、校訂版にアルフォンス・ド・ラマルチーヌ『オリエント紀行』、テオフィル・ゴーチエ『オリエント』(ガリマール)などがある。
【司会】 吉川一義(京都大学名誉教授)
【主催】 日仏会館フランス事務所 【後援】 CELLF(フランス語フランス文学研究センター、CNRS /パリ・ソルボンヌ大学 UMR 8599)、日本プルースト研究会、日本フランス語フランス文学会、日仏美術学会
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